相続の手続

認知症の家族がいて相続手続(遺産分割協議)ができない時の対処法は

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例えばこのようなケースです。

父・母・息子・娘の4人家族。母は重度の認知症を患い、以前から施設で暮らしている。父は自宅で息子と同居。息子の嫁は献身的に父の身の回りの世話をしてきた。この度、父が亡くなった。年の離れた兄妹ということもあり、家族全員、父名義の自宅を息子が相続するのは当然だと思っていた。認知症になる前は、母もそう口にしていた。

家族全員が合意しているのですから、自宅の名義変更(相続登記)は問題なくできるはず…と思われるかもしれませんが、実は分厚い壁が待ち受けています

重度の認知症である母の存在です。

母は遺産分割協議書に、自分の意思で署名捺印することができません。それでは遺産分割協議が成立せず、名義変更(相続登記)はできないのです。

今回は相続問題専門の司法書士が、このようなケースへの対処法を、最初の部分から分かりやすくお伝えいたします。「家族」というものについての新たな気付きもあるはず、と確信しております。

1 遺産分割協議には絶対要件がある

相続税申告の期限(死亡後10か月内)と混同なさっている方が多いのですが、遺産分割協議に期限はありません。「とりあえず、分かる部分だけ先にしておこう」という遺産の一部についての協議でも大丈夫。また、相続人が1か所に集まる必要もありません。

しかし、遺産分割協議には、1つだけ絶対的な要件があります

1-1 「全員」で協議しなければならない

遺産分割協議の絶対的要件とは、遺産を承継する権利を持つ者「全員」ですること(※)。「全員」で協議しなければ、その遺産分割は無効です。

判断能力が低下して意思が表示できない方は、参加したことになりませんので、遺産分割協議は成立しません。

※「全員」には、相続人だけでなく、包括受遺者(「遺産の割合としての全部または一部を与える」という内容の遺言により、無償で遺産を受取った者)と相続分の譲受人(相続開始後遺産分割前に、相続人から遺産の割合としての全部または一部を受取った者。有償・無償は問わない)も含まれます。「全員」という要件はそれほどまでに厳格であると解釈してください。

1-2 判断能力の有無の基準とは

認知症の症状には軽度から重度まで幅があります。では、なにをもって「判断能力が低下して意思が表示できない」ことになるのでしょうか。

医師の診断書や遺産分割協議を作成する法律専門職(弁護士・司法書士など)の判断などが参考となります。「長谷川式認知症スケール」という自宅でできる問答式テストも、1つの目安になります。
http://ls-saitama.jp/html/check-hasegawa.html

つまり、存在するのは参考や目安だけなのです。判断能力が低下した方が参加した遺産分割協議に基づいて相続手続が行われた場合、後から「その遺産分割協議は全員で行っていないから無効だ」と言い出す利害関係人が現れると、訴訟に発展しかねないということです。

2 事後対処法は法定後見と…

結論から申し上げて、相続人の中に認知症で意思表示ができなくなった方がいる場合、事後の対処法としては、成年後見制度の中の法定後見を利用するしかありません(※)。

認知症患者の数は、2025年には65歳以上の方の約5人に1人と予想されています(厚生労働省「新オレンジプラン」)。以下、制度の内容について掘り下げていきます。

※成年後見制度には、大きく分けると法定後見と任意後見があります。任意後見は、判断能力があるうちに、判断能力が低下した後のことを契約で決める、いわば保険のような制度です。判断能力が低下してからでは利用できません。

2-1 家庭裁判所の監督下で行われる

法定後見は、判断能力が低下してから、一定範囲の者(例:4親等内の親族)の申立により、家庭裁判所の審判が下りて開始します。開始後も、財産の大きな変動を伴うならば、家庭裁判所の許可を取らなければなりません。つまり、すべて家庭裁判所の監督下で行われる制度です。

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法定後見の開始申立書。認知症の方の住所地を管轄する家庭裁判所に対して申立てます

2-2 認知症の程度により3類型

法定後見には、後見・保佐・補助の3類型があります。要するに認知症の程度による違いです。後見人・保佐人・補助人を総称して、後見人等と呼びます。

判断能力が完全に失われているなら後見類型。遺産分割協議には、認知症の方に代わって後見人が参加します。

判断能力が残っているなら保佐類型か補助類型。認知症の方が遺産分割協議に参加できることもありますが、その場合、保佐人や補助人の同意が必要となることもあります。

2-3 もう1つの事後対処法

法定後見の他にも、実は、あと1つだけ事後対処法があります。もう1回相続が開始するのを待つという手です。冒頭の例では、母が亡くなってから父と母の相続手続を併せて行うのです。

しかし、自宅を担保にして融資を受けたいなどの事情があるならこの手は使えませんし、そもそも母が先に亡くなるとは限りません。レベルが違う話かと思われますので、今回は参考までとさせていただきます。

3 法定後見の注意点

認知症の方の人権擁護のためにある法定後見ですが、現実には「こんなはずではなかった」と、後悔なさる方もいらっしゃいます。ミスマッチを防ぐために、法定後見の本質について注意点をまとめました。

3-1 申立時も開始後も事務はそれなりに煩雑

後見人等は、認知症の方に代わって様々な事務をこなし、その報告書を家庭裁判所に提出しなければなりません。

不動産・株式・投資信託など、財産が多岐にわたるなら、事務はそれなりに煩雑です。介護保険や後期高齢者医療保険の手続施設や病院との契約の責任も負うことになります。

なお、家庭裁判所への報告は、制度利用開始時に行い、その後は原則として年に1回です。

3-2 後見人等=第三者なら報酬が発生する

このような手間をかけられないならば、専門職(※)などの第三者を後見人等の候補者として、法定後見の開始を申立てることもできます。ただしその場合、後見人等への報酬が生じます。

報酬の額は家庭裁判所が決め、認知症の方の財産の中から支払われます。家庭裁判所が公表しているこの資料を参考にしてください。http://www.courts.go.jp/tokyo-f/vcms_lf/0102.pdf 

※家庭裁判所が特別の扱いをする専門職は、弁護士と公益社団法人成年後見センター・リーガルサポートの会員である司法書士に限られます。

3-3 後見人等は「家族」のためのものではない

法定後見は、あくまでも認知症の方個人のためのものです。認知症の方を含めた家族全体のものではありません。世間一般の感覚からすれば妥当と思われる処分であっても、それが家庭裁判所の判断と一致しないことが多々あります

例えば、遺産分割協議で、「認知症の方の取り分<法定相続分」と決めるなら裁判所の許可が必要なのですが、この許可はなかなかもらえないように思われます。

冒頭の例を思い出してください。自宅の他にも父親の遺産があり、母親が法定相続分通りに相続できるのならば問題ないのですが、そうでない限り、父親名義の自宅を息子1人に相続させることは難しいのです。

3-4 課題が解決しても成年後見は終わらない

遺産分割協議を行うために後見人等を選任した場合でも、法定後見は遺産分割協議後も続きます。原則として、認知症の方が亡くなるか、認知症が治るまで続きます

さすがに、遠方へ転勤や自分が高齢になったことなどを理由とする辞任は可能ですが、その場合も家庭裁判所の許可が必要となります。

成年後見制度は認知症の方を保護するためのものであり、差し迫った課題を解決するためだけのものではないからです。

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選任のきっかけとなった遺産分割協議が終わっても、後見人等の職務は終わりません

4 利益相反行為となる場合

再び冒頭の例に戻ります。息子は、家族の問題に第三者が介入してくるのを避けたかったこと、後見人等への報酬が節約できることから、自分が後見人等になろうと決めたとします。しかし、それでは遺産分割協議はできません。

4-1 利益相反行為とは

冒頭の例では、息子も母も共に相続人です。息子は母の代理人としての立場と自分自身の立場としての、いわば一人二役になるため、公平な協議ができないと法的には判断されるのです。

利益相反行為(りえきそうはんこうい)と呼ばれますが、厳しく禁止されます。「認知症の方の取り分<法定相続分」ならばもちろんのこと、「認知症の方の取り分=法定相続分」で分割する場合でも、以下の4-2、4-3のどちらかが要求されます。

4-2 特別代理人が代わりに協議に参加する

家庭裁判所に特別代理人の選任を申立て、選ばれた特別代理人が認知症の方に代わって遺産分割協議を行います。

利害関係がなければ親族でも特別代理人になれますので、例えば叔父さん(亡父の弟)が特別代理人に選任され、叔父さんが報酬を要求しないなら、費用はかかりません。

4-3 後見等監督人が代わりに協議に参加する

後見等監督人は、認知症の方の財産が高額だったり、後見等の事務が複雑だったりする場合に、申立や職権で家庭裁判所が選任します。いわば後見人等に対するお目付け役です。

後見等監督人が選任されているならば、特別代理人を選任するまでもなく、後見等監督人が認知症の方に代わって遺産分割協議を行います。後見等監督人には、通常は専門職が選任されるので、後見等監督人への報酬が発生します。

5 まとめ

今回は遺産分割協議ができないと分かった場合にどうするか、という事後対処についてお話を進めてきました。しかし、皆様はすでにお気付きのことでしょう。本当に大切なのは、故人が亡くなる前の事前対策なのです。

・遺言書作成や生前贈与など、本人に判断能力があるうちに手を打つ

相続財産は被相続人のものです。被相続人が生前の判断能力があるうちに財産の行方を決めれば家族は皆、納得できるし、手間もお金も節約できます。

・相続について家族会議ができる雰囲気を作る

判断能力があるうちに手を打つためには、家族の継続的なコミュニケーションが欠かせません。ある日突然、子供から「どのくらい財産があるの?」と聞かれても、親は戸惑ってしまうでしょう。

何事もそうですが、相続手続も一朝一夕にはいきません。常日頃からの心掛けがものをいいます

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