誰もが経験する身近なものでありながら、いざ自分が当事者になってみると何も分かっていなかった―。その最たる例が相続手続です。
中でも特に多いのが、「葬儀費用・香典・お墓・位牌・入院費・年金・保険金・死亡退職金・弔慰金などは、相続に際してどのような扱いとなるのでしょうか」というご質問。
・故人のお金で葬儀費用を払ってよいのか
・お墓はどのように引き継ぐべきなのか
・年金や保険金も遺産分割協議の対象なのか
このような疑問を抱えつつ、四十九日を迎え、一周忌が過ぎ…と、うやむやになったままの方も多いのではないでしょうか。
確かに、法的な見解が分かれるものやケース・バイ・ケースなものも混じってはいます。しかし、相続の際は先を読んで動くことが大切です。
立て替えただけと思っていたお金が返って来なくなったり、いつの間にか故人の借金を相続する羽目になったりと、うやむやを放っておくのはあまりに危険です。
今回は、相続に際して特にありがちな7つの疑問をとりあげて、相続問題専門の司法書士が分かりやすく解説していきます。円満納得の相続に、ぜひともお役立てください。
目次
1 葬儀費用は喪主の負担
葬儀費用に関する法律上の規定は存在しません。これは、宗派や慣習などによって大きく左右されるためと思われます。その結果、葬儀費用は原則として喪主が負担するものとされています。最高裁のものではありませんが、裁判例も存在します。したがって、遺産分割協議の際や遺留分減殺請求(※)があった際に、喪主が「自分は葬儀費用を立て替えて払っているのだから、その分を考慮してほしい」と主張してもそれは通りません。
※遺留分減殺請求とは、生活保障のため、一定範囲の相続人に一定範囲の財産承継を保証する制度です。記事の趣旨から外れますので、今回は割愛させていただきます。
ただし、例外が2つあります。①相続人の間で合意がある場合 ②故人が自分で葬儀の契約を締結していた場合です。
「人が死んだら銀行から金を引き出しておけ」というのはよく聞く話で、そのお金を葬儀費用に充てるケースが多いようです。しかし、実はかなりきわどい。上記の原則に帰れば、喪主は遣った葬儀費用を遺産に戻さなければならない可能性もあります。
なお、香典を葬儀費用に充てることは問題ありません。むしろ、香典は葬儀費用に充てるためにあると考えられているからです。
2 香典は喪主への贈与
上記の通り、香典は葬儀費用とするためのものです。そのため、香典は喪主に贈与されたものと解釈されます。ただし、贈与税はかかりません(もちろん、香典と称しつつもあまりに高額であれば、税務署に指摘されます)。
あくまで喪主のものですから、葬儀費用から香典を差し引いて残った分を相続財産に戻す必要もありません。逆に、香典で葬儀費用を賄いきれない場合は、原則として喪主の持ち出しとなります。
3 お墓・位牌は祭祀主宰者が承継
民法897条により、お墓や位牌の所有権は、祖先の祭祀を主宰する者が承継すると決まっています。高価な材料を使っているなど財産的価値の高いお墓や位牌もあるでしょうが、相続財産には含まれません。相続財産ではないのですから、相続放棄をした後でもお墓や位牌の承継は可能です。
民法897条をもう少し詳しく見てみると、祖先の祭祀を主宰する者の決め方として、①被相続人の指定に従う→指定がなければ②地方の慣習に従う→慣習が明らかでないなら③家庭裁判所で決めてもらう、という優先順位がつけられています。
ちなみに遺骨については、「相続人が取得する」、「喪主が取得する」など様々な考え方がありますが、現在のところ最高裁の裁判例によれば、「お墓や位牌を承継する者が取得する」ことになっています。
なお、お墓や位牌などには相続税はかかりませんので、節税対策とする方もいらっしゃるようです。被相続人が生前にお墓などを買っておけば、課税の対象となる現金・預貯金が減る分、非課税のものが増えるからです。
4 入院費はマイナスの相続財産
プラスの財産だけでなく、マイナスの財産(例:借金、未払いの賃料)も相続の対象となります。故人の入院費は、まさにマイナスの相続財産です。
そして、実生活の中で思わぬ事態を招きがちなのは、どのように精算したかによって相続放棄ができなくなる場合があること。つまり、「この病院には本当にお世話になったから…」と思って入院費を精算した後、故人に莫大な借金があることが判明したら、恐いことになりかねません。
4-1 被相続人の預貯金から支払った場合
民法921条1号は、「相続人が相続財産の一部でも処分した場合、相続人は相続を承認したことになり、相続放棄はできなくなる」という意味の規定をしています。被相続人の預貯金を解約するという行為が、相続財産の処分に該当する可能性があるので要注意です。
なお、民法921条1号には続きがあって、保存行為ならばその後でも相続放棄は可能としています。入院費の精算はまさにこの保存行為だと考えられるので、被相続人の所持金の範囲内で支払ったのなら、まだ相続放棄はできることになります。
いずれにせよ、とても微妙なので安易に精算せず、専門家に相談した方がよいでしょう。
4-2 相続人の財産から支払った場合
普通に考えて、自分の金で払うのだから、相続放棄の可否とは無関係です。「マイナスの相続財産のマイナス部分が減るではないか」という考え方ができなくもないですが、これは裁判例が否定しています。
入院の際に相続人になるであろう者(まだ相続は開始していないので、このような表現になります)が保証人になることも多いですが、もちろんこの場合の保証人に対する入院費の請求は、保証人固有の債務についての請求なので、支払った後でも相続放棄は可能です。
4-3 被相続人の医療保険から支払った場合
医療保険(入院や手術などに備える保険)は、保険金受取人=被相続人ですから、保険金は相続財産となります。したがって、医療保険金を請求した時点で相続財産を処分したことになり、相続放棄はできなくなるので要注意です。
5 遺族年金・未支給年金は相続財産ではない
遺族年金については分かりやすいでしょう。例えば、父親が亡くなり、母親が遺族年金を受給することになった際に、その遺族年金も父親の相続財産に含まれるのか?という問題です。遺族年金は文字通り、ある遺族が一定の要件に当てはまった場合に受給できる年金のことで、その遺族固有のものですから、相続財産に含まれません。ですので、遺族年金を受取った後でも相続放棄はできます。
疑問が生じやすいのは未支給年金についてですが、未支給年金も相続財産には含まれません。したがって、未支給年金を受取った後でも相続放棄はできます。
例えば、被相続人が8月1日に亡くなったとします。年金は年6回、偶数月の15日に、前月・前々月の2か月分が支給されますから、8月15日には6月分・7月分の年金が支給されます。さらにいうと、被相続人は8月まで生きていたので、10月15日になれば、8月分の年金も支給されます。これが未支給年金です。
被相続人が生きていた当時に対するものですから、相続財産に含まれるような気もしますが、法律(国民年金法等)で受取人が決まっています。被相続人と生計を同じくしていた①配偶者→②子→③父母→④孫→⑤祖父母→⑥兄弟姉妹→⑦それ以外の3親等の親族、と優先順もきっちり定められているのです。
年金支給日の近くで亡くなった場合などは、支給を止めるための年金受給者死亡届が間に合わず、年金が被相続人の口座に振込まれてしまうということも少なくありません。しかしこの場合も、いったんは被相続人の口座に入ったのだから相続財産になる、というわけではありません。
6 保険金は受取人が誰か?による
保険の契約には、①契約者(保険会社と契約を結び保険料を払う人)②被保険者(保険がかけられている人)③保険金受取人という三者が登場しますが、この記事では契約者=被保険者=被相続人を前提とさせていただきます(※)。その上で、保険受取人が誰なのか?によって生じる違いをお伝えします。
※相続と税務についての記事なら他のケースにも言及すべきでしょうが、それは税理士の分野です。
6-1 保険金受取人=特定の人の場合
死亡保険(被保険者が死亡した場合などに保険金が支払われる保険)が典型例です。この場合、保険金は受取人として指定された特定の人の固有の財産となります。したがって、その特定の人が相続人の中の1人であっても保険金は遺産分割協議の対象にはなりませんし、その特定の人(相続人の中の1人)は、相続放棄をしたとしても保険金を受取ることができます。
しかし、この場合でも税法上は「みなし相続財産」といって相続税の対象になるのがややこしい所。受取人が相続によって財産を受取った事実は変わらない、という考え方です。民法と税法では解釈のしかたが違うのです。
もっとも、受取人が相続人の中の1人である場合には、相続税の基礎控除(3000万円+600万円×法定相続人の数)とは別枠で、以下の控除が受けられます。
非課税限度額 = 500万円×法定相続人の数
逆にいうと、受取人が相続人ではない場合(例:被相続人の子が存命中である場合の孫)は上記の控除は受けられません。
6-2 保険金受取人=被相続人の場合
医療保険やがん保険(保証の対象をがんに特定した保険)を、被相続人の死後に相続人が受取る場合が典型例です。この場合、保険金は相続財産の中に組み込まれます。例えば、遺言にその保険金のことが書いてあれば、遺言の効力によって保険金を取得する者が決まります。
7 死亡退職金・弔慰金は受取人のもの
死亡退職金(功労金と呼ばれたりもします)は相続財産には含まれません。会社なら就業規則で、公務員なら法律で、受取人があらかじめ決められているからです。ほとんどの場合、生活に困らないように故人の遺族が受取ることになっており、受取人固有のものです。
紛らわしいですが、退職した後に亡くなったのならあくまで退職金で故人の財産ですから、まだ口座に振り込まれていなくても、相続財産となります。
また、上記6-1で触れた通り、民法上は相続財産ではなくても、税法上は相続財産とみなされるものが存在します。死亡退職金はこれに当てはまり、相続税の算定を受けることになります。
なお、弔慰金とか葬祭料という名目の支給もあります。こちらは遺族に対してお悔みの意味で贈られるものと解釈され、死亡退職金と同じく相続財産には含まれませんし、上記2の香典と同じく贈与税もかかりません。ただし、税法上の通達で定められた一定の範囲までなら相続税もかからないという点で死亡退職金とは異なります。
8 相続の対象になるもの・ならないもの
相続に際してありがちな7つの疑問は解決しましたが、「要するに、そういうものなのね」で終わるともったいないです。実は、根底に筋道が存在します。分類は3つだけ。ぜひ、最後までお読みください。原則と例外が存在するのが、「いかにも法律」という感じです。
8-1 財産に関する権利義務
金銭、不動産、株、宝石、借地権など経済的な利益を生むものすべて。そして、借金などのマイナス財産もここに含まれます。これらは相続されます(民法896条本文)。これがこの条文の原則です。
そして同じ条文の中に、例外として相続されないものが規定されています(民法896条ただし書)。被相続人の一身に専属した権利や義務のことです。代理における本人・代理人の地位、委任契約における委任者・受任者の地位などがその例です。本人に代わって売買契約をする代理人となっている方が死亡して相続が開始したとします。その方の相続人が自動的に売買契約の代理人になるとしたら、違和感がありますよね。
8-2 身分に関する権利義務
親の子に対する親権、夫婦の間でお互いに協力して助け合う義務などです。これらは原則として相続されません(当然すぎるからか条文は存在しません)。
これに対して、身分に関する権利義務でありながら、財産に関する権利義務に近くなっているため、例外として相続されるものがあります。離婚による財産分与請求権(根拠は裁判例)、相続放棄をする権利(民法916条)などです。
8-3 祭祀に関する権利
これがまさに上記3のお墓・位牌などです。原則・例外なしに相続されません(民法897条1項)。ですから、祭祀に関する権利を承継する者は、相続人の中から選ばなければならないわけではありません。例えば、内縁の妻が承継することもあるでしょう。
9 まとめ
相続に関して新たな発見があったのではないでしょうか。相続の際、先を読んで動くことの大切さも理解していただけたと思います。
・そもそもどういう性質のもので、誰のために用意されているのか考える
・これをしたら相続放棄ができなくなるのでは?という視点を忘れない
・微妙だと感じたら、実行する前に専門家に相談する
思わぬ不利益を避けるために、これらを心掛けてください。必ずあなたの役に立ちます。